雑感

その家への一歩目はあたたかいものであるべきだ 中村外二さんの自宅の玄関に思うこと

何年か前、京都のイベントに出かけ、そのお昼休み、細見美術館にゆき、なんとなしにミュージアムショップの本棚を眺めていると、茶道の裏千家が出している雑誌にふと目が止まる。「おやっ、こんなものが」と思って買って帰る。そして読んでというか写真を見ているうちに色んなことを思い出しました。

(数寄屋大工 中村 外二氏 自邸玄関)

そうだ……これが始まりだったんだ……。

ここから遡ること10年以上まえ、この玄関の式台の写真を建築の本で見かけて非常な衝撃を受けた。本には「チョウナによる名栗」とあるのだけれど、チョウナは持っていてもそのようなハツリ跡を見たことが無かったので、にわかにはチョウナでやったものだとは信じられない。これは一体どういうものなのだろうか。

今でもこれほどの事はとても出来そうにない。当時は知らなかったのだけどこれは専用のチョウナを使わないと出来ないので、その時持っていたチョウナではどだい無理だったのだけど……。と、そこから何とかしてこれをやってみたい!、と道具を探すことからスタートして、僕の名栗の探求が始まった、そのキッカケが中村外二さんの家の玄関だったんだ。あの時あの本であの名栗に出会っていなければ、今こういう仕事をしていなかったかもしれない……。

そしてまたこれは、どうして今扱ってる材がほとんど杉なのか、という事にもきっと関係している。

名栗、というとその字の通り栗の木が多用されるのに、どうして中村さんは杉を使ったのだろうか。杉と栗なら栗の方が遥かに値段も高く高級品である。「なんや杉か」と言う人がいても不思議ではない。中村さんといえば京都を拠点にした名工であり、アメリカの大富豪のロックフェラー邸を手掛けたり、海外に幾つもお茶室を建てたり、国内外にその名が轟いていたような方であり、京都市内だけでも七つの材料倉庫を持っていたという……そんな方であってみれば自邸の玄関に、例えば幅1mのケヤキの玉杢でも屋久杉でも何でもどのような木でも使おうと思えば使えたはず……なのに、である、ここで杉、である。他の銘木に比べるとそれほど高価なものとも思えないし、どちらかというと普通な杉、しかし普通の木に普通ではない加工をして、ここにしかないものを作り出している。刮目すべきはその眼力である。なぜ杉か? それは非常に説明が難しい。なぜならそれは言葉で説明されるべきものではなく体感されるべきものだから。僕も自分でも杉の名栗をやり始めた時にようやくわかるわけです。

このように、杉の名栗は靴を脱いで上がると不思議なくらい暖かく柔らかい。木そのものが熱を出すはずがないので、これは「そういう感じがする」という程度の感覚の問題なのですが確かに暖かい。杉の木はもともと柔らかく、中に空気を含んでいるので冬でもひんやりしないものですが、そこに名栗(ハツリ)によって出来た凹凸が更に空気を含むので足裏と板との間に間隔が出来る。そのためより柔らかく暖かい肌触りになっている。日本の木でこれほど柔らかさと暖かみを出せるものは他にはない。柔いだけなら桐の木の方が柔らかいが、桐にはこういうあたたかみは無い。お年を召した方が足を滑らすこともない。こう考えてみて初めてわかるわけです。なぜ、杉だったのか。(—–ここから先はまるっきり私の想像です——-)。玄関の式台といえば、家人も客人も靴を脱いでその家に上がる第一歩になるわけです。その一歩目が柔らかく暖かいものであるか、冷たく堅いものであるかはその家の性格を決定付ける。そこには家主の心持ちが表れる。木までもが「どうぞいらっしゃい」と語り出す。見た目だけの問題でなく、ましてや高い安いの問題ではない。単純に高い木使ってドヤるのは簡単だ。人をあたたかく迎え入れる、そのための杉・名栗だったのである。やはり外二さんは天才だと思った。ここまで木のこと見抜いて使える人はいないと思った。これが私が杉の名栗仕上げに夢中になるキッカケになったのです。そして、名栗は見るだけのものじゃなく触れるもの・踏むものだ、という思いに繋がっています。

材木のことを知る人なら、杉のいいところは?と聞かれれば、柔らかくてあたたかみがあること、と答えるに違いない。してみれば、名栗の杉は、杉の一番いい状態、杉の良さが極まりきった状態なのである。これは付加価値の話でもあり、値段も一番高いのである。こういうことを設計士や材木商でも知らない人がほとんどなんですね、残念ながら。

誰でも経験があるのではなかろうか、冬の寒い時期にお寺などを訪れて中に入る時、一歩目がやけに冷たかったことが。そういう時、たいていその足はケヤキなどの堅い木の上に載っている。こういうケヤキなどの堅い木は見た目が立派に見えるので玄関でよく使われるのだが、一方冬は非常に冷たいという欠点がある。硬さ、冷たさ、というのは人に緊張感をもたらす。お寺のような、おもてなしよりは威厳を重視する建物の場合はそれでいい場合もあるが、住宅においては注意が必要である。冷たい一歩目は、なんだかもう帰れって言われてるみたいで………。

そして、ヒノキである。神社に使われるような立派な木だという誰にもわかりやすい良いイメージもついているし、割と幅広の板が得やすいことから、設計士や工務店の設計の家では比較的よく式台に使われる。これに関しては、失敗ではないけど成功してるとは言い難い、という微妙な評価になると思う。ヒノキも夏は良いけど冬はかなり冷える。そしてなにより滑りやすいのでお年寄りに優しくない。ピリっとした緊張感がある。客人を緊張させたいのであろうか??やはり社寺とお寿司屋さんのカウンター向きの木である。どうしてもヒノキを式台に用いるならヤリカンナ仕上げで表面を荒らして凸凹にしておくのが最良ではなかろうか。削り木で式台に一番いいのは松、あとは栗などではないだろうか。

と、いうわけで、住宅の設計の際には式台のところに無難に「ヒノキ」と書いておけば万人ウケするけど目利きのする事とは言えず、「杉 名栗」と書いておくと、一般的な理解はほとんど得られないかもしれませんが、一万人に一人くらいの ”違いのわかる大人“ が、「おぉっ、この人わかってる〜」と褒めてくれるかもしれません。と、最後にステマをブッ込んでみました(^^)

NHK の番組がyoutubeにアップされていました。

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