木を扱う仕事をしていると、必ず出てくるこの木屑。
板の厚みを揃える機械から大量に吐き出されてきます。ある程度まとまると、畑に撒いてもらったりしていました。撒ききれなくなると焼却処分してしまうくらいしかありません。最後はもうただのゴミです。もっと大量に出る所だったら牛舎や豚舎、鶏舎の床に敷く用に業者の方が引き取りに来てくれますが、自分のところではそこまでの量が出ません。
しかし、ある時、知ってしまったのです、これが染色に使えることを。前から知り合いだった、三重県玉城町の高野葉さんという染色家が木屑を使って「里山染め」と名付けた草木染めをしているらしいことを知りました。
↓ 高野葉さんについてはこちら
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/matikado/t/detail?kan_id=1091821
これが、その作品です。
これは桜の木屑で染めたものです。草木染めというと、木を使う場合は枝や皮を煮出して色を取り出すのが一般的で、その場合、色が出やすいように皮や枝を細かく切り刻まないといけないようです。木屑の場合、すでに厚みが一ミリ程度になっているのではじめから非常に色が取り出しやすいようになっています。細かいチップを作れる機械が存在しない昔なら、木そのものから色を取り出すのは容易でないので、そういう発想は生まれなかったと思います。比較的細かくしやすい皮や枝を使うことになるわけです。ですから現在でも、木屑が染料になる、という認識は染色家の間でも殆ど無いのです。
ここで思い出す話がある……。今は教科書にも載っているそうですが、大岡信さんの文章で染色家の志村ふくみさんのことが紹介されていて、桜色に染められた布を見た大岡さんが桜の花から色を取りだしたのだろうと思いきや、志村さんによると桜の咲く寸前に花の色素が集まっているのでその時に採ってもらった桜の木の皮を用いて染めたのだ、とそういうお話です。これを昔々に読んだ時、大岡信さんがその文章の中でしきりに感心しているのと同じように自分も感心してしまった……若くてアホだった。今は少し違う考え方をしている。この話は半ば伝説化していて、枝で桜染めをする場合でも、花咲く前の枝を使わなけれならない、その時だけの花の色を頂きます、などなどさまざまな尾鰭もついて流布してしまっている。しかし、である。あまりいい言葉ではないが「桜切る馬鹿……」という言葉もある通り、桜の木は枝を切ってしまうとそこから傷んで枯れてしまうことさえあるので、なるべく枝を切るものではない。皮を剥いた木も枯れてしまう可能性が高い。剪定するなら木が水を吸うのを止めた秋に少しだけ切るくらいでないといけない。果たして本当に咲く前の木や枝に桜花の色素が集中しているのか、その時でないと桜染めは出来ないという話にどれほど科学的根拠があるのかは知らないのだが、兎にも角にも生きている木の枝や皮を春に採るべきではない。大岡信さんも、こういうことは知らずに感心していたのであろう。言葉に生きる評論家に自然への本当に深い観察力・洞察力というものを求めてはいけないのだ。そういうことは口先でなく体全体で学び取ることである。そしてまた、教科書にいいこと、正しいことばかり書いてあるわけでもないのだ。なにかこう、高い工芸においては良い素材を得るためには何をしてもいいかのような、素材に対する「ひそやかな残虐性」とでも呼ぶものが潜んでいて、花咲く前の皮を採るとか枝を切るというのも、その一例ではなかろうかと、今はそんな風に思う。この残虐性は、他の分野では、例えば象牙のために殺された象があり、日本の神社仏閣を建てるために台湾檜の巨木は伐採禁止になるまで伐り倒されてしまったし、御蔵島という島の桑の木はその希少な木目が珍重され江戸指物によって壊滅してしまった、屋久杉の伐採を始めたのは豊臣秀吉であったしこれも伐採禁止になるまで人々の欲望は止まらなかった、などなどそういう話は枚挙にいとまがない。そして、あれはいい材料だったというノスタルジーの元にこそなれ、そのことに対する反省の無い点は各分野に共通している。そういった無慈悲な人々が悪い例を残してくれているのだから、わざわざその真似をしてその列に加わる必要は無いであろう。
ともあれ、
桜の木自体はこういう色をしていて、花の咲く前とか特別な時でなくても、十分に桜花のようなピンク色を宿している。
これを厚みを揃える機械に通すと、
こういうチップ状の削り屑が出てくる。ここに十分桜の花の色は宿っているように思われ、またこの木屑はほんのりと花の匂いさえする。これは非常に珍しいことで、花咲く木は沢山あれど、木そのものに花の匂いがする木というのはあまりない。(その香りから燻製用のチップとしても使われるそうです。)。山桜の木の削り屑が大量に出たので、志村ふくみさんのような人間国宝から比べれば人間のクズたる私は、せっせと木クズを集めて溜めて染色家の高野葉さんの所に持ち込むことにしたのです。
そうして出来た作品が
こうして染め上がるにつけ、チップ状の木は十分に染色材料として使えるはずだ、という思いが強まってきました。木を枯らすような方法を取らなくても、ゴミを搔き集めるだけでも染めることが出来る。が、いかんせん、高野さん一人では消費しきれないくらいに、毎日木屑は出てしまう。なんとかならんかなぁ、と思った時フッと
そうだっ、ツイッターだ。
と思い、「山桜のチップ差し上げます」と載せてみると、ふだん仕事のことを載せてもそれほど反応してこない(涙)ツイッター民が次から次へとリツイートして拡散してくれる。
はじめは20人くらいで締め切っちゃおうというつもりでいたのだけれど、世の中にはこんなにたくさん草木染めをやる人がいたのか、というくらい申し込みのメッセージが止まらなくなってしまった。読んでみると、「お母さんに桜で染めたストールをプレゼントしたい」、「母が草木染めをやっているのでプレゼントしたい」と自分より先にお母さんのこと考えてる方々、人形を作られる方もいれば、つまみかんざし、加賀指ぬき、など初めて知ることも沢山あって、自分も俄然興味が湧いてきてしまって断る理由がなくなってしまった(汗)。
結果、北海道から沖縄まで、プロの方・セミプロの方・趣味の方・初めて染める方・某美術大学・一つはオランダでの実習用と、90箇所あまり旅立っていきました。はじめはスーパーでもらったダンボールを使っていたけど足りなくて段ボール箱とガムテープを大量に買ってしまったりでお金も時間も沢山使いましたが、あんまり後悔もないです。
こうして使っていただいたら、山桜の木は初めは黄色い色素が出てくるので、それを捨ててもう一度煮出すと桜色が取り出せる、とか、布や糸の素材による変化など、いろいろノウハウが集まってきました。
なかには、染めた糸でこんな素敵なものを作ってくださった方もあります。「加賀指ぬき」というものですね。「赤穂堂」さんの作品です。
↓「赤穂堂」さんの作品はこちらでお買い求めいただけます
↓ 加賀指ぬき、については詳しくはこちらのページまで
https://sunchi.jp/sunchilist/kanazawa/10159
どうやらこれで、桜の木のチップでも十分にいい色が出せる事がわかったので、あとはもう少し拡散して認知してもらうのと、自分でもやってみてノウハウを確立したいなぁと思うのであります。
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