雑感

「古典」の学び方

前に、「建築においては古い建物を見ることが、文学で言えば古典を読むことに相当する」、とかなんとか言ったような気がするのですが、具体的にはどうすれば、ということを書いてみようと思います。

まずは、

国宝・重要文化財を見に行く

はいっ、出ました、これが一番わかりやすい基準です。国の文化財である、ということは国家としてこれを永久に保存すると決めたいうことですから当然のこととして選りすぐりの良いものだけが指定されています。で、どこに行けば?となるのですが、これは簡単。文化庁がやっている「国指定文化財等データベース」https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index

というのがありますので分類を(建造物)にして住んでる県や近隣の県を検索すればすぐに数十ヶ所は出てくるはずです。文化財のなかには一定期間しか公開していないものや非公開のものもありますので、事前に個々のウェブサイトなどで確認してから出かけたほうがいいです。一般的に国宝のほうがより文化的価値が高かったり古かったりしますので、国宝に絞って見に行くというのもアリです。

民家園に行ってみる

全国各地には民家園・民家村と呼ばれる施設があり、たいていは公園などの広い敷地に移築された民家が点在している方式です。古い建物を見る、といっても一件一件巡っていては時間が凄くかかりますから、その点民家園は一ヶ所で効率的にたくさん見ることが出来ます。ダムに沈んでしまうところだったため、とか、所有者が維持出来なくなったため、とかそこに移築されてきた事情は様々ですが、移築してまで保存しようというわけですから質の高い見応えのある建物が多いです。重要文化財に指定されている建物も多いです。民家ですから普通の人の普通の暮らしがあったわけで、「日本の暮らし」の原点がどういうものであったのかをしかと見ておくのはとても重要だと思います。こういうところに行かずに、いきなりハウスメーカーの住宅展示場や住宅会社の見学会なんかに行ってしまう人が大半なわけですからヤバいよなと思います。暮らしの原点と無関係な、根無し草の箱みたいな建物が増える理由がこれです。

自分が行ったことのある民家園でオススメのものを挙げておきます。

川崎市立日本民家園 https://www.nihonminkaen.jp/

日本最初の民家園。生田緑地の広大な敷地に建物は25件もあり、そのうち7件が重要文化財。じっくり全部見ようと思うと丸1日は余裕でかかる。

日本民家集落博物館 https://www.occh.or.jp/minka/

関西で民家園といえばまずはここ。質量ともに充実。

奈良県立民俗博物館 https://www.pref.nara.jp/1508.htm

奈良近隣の特色ある民家がバランスよく配置。全部で15棟、そのうち3棟が重要文化財。民家の見学は無料。博物館の展示も林業関係などが充実していて見どころが多い。

江戸東京たてもの園 https://www.tatemonoen.jp/

いわゆる民家は少ないですが、江戸〜明治〜大正〜昭和の商店・住宅・交番など30棟と守備範囲の広さはピカイチ。「千と千尋の神隠し」において参考にしたことをジブリ公式が認めている。

横浜 三溪園 https://www.sankeien.or.jp/

厳密には民家園ではないですが、横浜の生糸商・原三溪さんが生涯をかけて収集・移築した建物群。配置などもよく考慮されていて、おそろしく質が高く全17棟のうち10棟が重要文化財。美意識も教養も高い人がお金を持ってしまうとどうなるか、という最大にして最高の見本。「建築は人格」、その人の実力が全て現れるというのが痛いほどわかる。現代のIT長者など三溪さんの足元にも及ばない。一度三溪園に来てしまうと。よくテレビで見かける「有名人の◯億円の豪邸!」など単なる「値段の高いゴミ」にしか見えなくなってしまう……。

宮内庁が管理している建物を見に行く

皇族関係の建物は重要文化財には指定されていません。これは一説には、文化財になってしまうと文化庁の管轄になってしまうので宮内庁がそれを嫌がっているから、とか、皇族関係のものは「国宝以上の国の宝」という扱いだから、だとか噂が巡っていますが、誰も本当のことは知りません。ただ、非常に貴重な建物なのは間違いなく、有り難いことに予約制で公開されています。見学には宮内庁の職員さんが随行してくれて説明も丁寧だし写真も撮ってくれたりとサービスが非常に良いです(見張り役の方もちゃんといます)。

何十年も前は往復葉書で申し込んで抽選、というメンドくさいものであったのですが、今は宮内庁のホームページ

https://sankan.kunaicho.go.jp/register/place?locale=ja

からポチッとすれば誰でも簡単に予約出来ます。以前は全くの無料であったので、僕はひそかに「貧乏人の夢の国(ディズニーランド)」と呼んでいましたが、現在では中高生が無料で18歳以上は1000円の拝観料金が必要になりました。

桂離宮・修学院離宮・京都御所がオススメです。

伝統的建造物群保存地区に行く

なんだか物々しい名前になっていますが、城下町や宿場町など景観なども含めて丸ごと保存された地域のことです。伝建地区と略されることも多いです。全国に126ヶ所もありますから見つけやすいですし、民家園よりはアクセスしやすいです。たいてい駐車場完備で資料館や見学出来る建物もあったりしますので広い範囲を歩いてゆっくり見られるようになっています。

こちらも文化庁のホームページに一覧が出ています。

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/judenken_ichiran.html

写真集を見る

入江泰吉さんや土門拳さんの往年の名写真が文庫本になっていたりしますので、そういったものを見てそこから行ってみたい建物を探すのもいいです。自分は土門拳さんの撮った浄瑠璃寺の写真を見てすぐに行きました。

図書館に行きますと、民家の美しい写真の大型本なども置いてあることも多いですから、わざわざ買わなくても大丈夫です。

京都より奈良・滋賀

古いお寺というと京都を連想する方も多いと思います。ですが、京都の町は京都の方の言う「この前の戦争」つまり応仁の乱ですっかり焼けてしまっていますので、その後に再建されたもの、つまり室町時代以降のレプリカが多く、ほんとにほんとに古くていい物というのは意外に少ないです。あと、京都のいい物というのは点として存在しているパターンが多く、見て回るのは市内の慢性的な渋滞と相まって非常にやりにくく古建築を見始めた方にはオススメ出来ません。いわゆる「京町家」も人気ですが、これまた幕末の「蛤御門の変」で京都の町はすっかり焼けてしまっていますので、現在残っている京町家は明治初期の再建されたものが殆どで、江戸時代まで遡れるものは非常に稀です。町家を見るのでしたら奈良の今井町などへ行った方が遥かに古くていい物がまとまって見られます。京都でいいものといいますと、昔なら京の町とは呼べなかったようなところ、郊外の醍醐寺ですとか、さらに田舎の浄瑠璃寺などへ行かれたほうが絶対いいです。

その点、奈良・滋賀は良いものが豊富にある上に比較的にまとまっているので同じ日に色々巡るのが容易です。歩いて行ける範囲にたくさんいいものがあったりもします。京都のように観光観光してないですし。奈良の東大寺の転害門などは奈良時代の建物(国宝)で、源頼朝が東大寺に立ち寄った際には平家の残党が頼朝の命を狙って隠れていたが取り押さえられたという逸話が平家物語にも出てくるような建物ですが、信じられないことに簡単な柵がしてあるだけで24時間誰でも割と近くで見られる状態でそのまま建っています。同じ東大寺の南大門も鎌倉時代の再建ですが拝観料の要らない誰でも入れるエリアにそのままポンと建ってます。これ国宝ですよ、大丈夫なんですか?みたいな。こんなの他の観光地なら絶対に柵で囲って拝観料取ってます。それくらい奈良は文化の深みと度量が違います。

何度も見る

これはとても大事です。気に入った建物があったら何度でも行って、何度でも見てください。一度では気づかなかった発見が必ずあります。一回目はただ「わぁスゴ〜い」だったものが、「よく見たらこっちの柱は古いけど、こっちは新しい。新しい方の柱は修理の時に取り替えたのかな?」とか「この土壁は綺麗に塗り過ぎてる。現代の美意識で本来の姿を歪めてしまったのではないか?」ですとか問題意識のある見方が出来るようになっていきます。

「行った」とか「見た」っていうのは何度も何度も見てそこの雰囲気とか空気感が染み込んだくらいで初めて「行った」とか「見た」のであって、一回行った程度では「ちょっと寄ってみた」くらいのもんです。

この一回行っただけで見たような気になってしまう危険が一番よくわかる話があります。東海圏ですと、だいたいの小学校の修学旅行が京都・奈良が定番でほぼほぼ法隆寺へ行きます。すると、なまじ一回行ってしまったために「あっ、法隆寺?行ったことあるよ」となってしまい、その後行かない人が殆どです。大人になってから車で行けば僅か1時間半ほどなのに、です。子供が出来れば「この子も修学旅行でそのうち行くでしょう」から連れて行く必要もありません。このパターンがめちゃくちゃ多いです。一回も行かないよりはマシかもしれませんが、12歳やそこらで一回見ただけで一体何がわかったのかなぁと思います。せっかく世界最古の木造建築が割と近くにありながら勿体無い話だと思います。

映画の「ニューシネマパラダイス」に何度も同じ映画を見ているせいかセリフを暗記してしまってスクリーンの中の俳優より先にセリフを口に出してしまう人が出てきたと思うのですが、あれですよ、あれ。あれこそ「見た」の境地です。

修理報告書を読む

これは少しマニアックなところになりますが、古い建物というのは何度か修理されて現代に残っているものです。そういった修理工事の際に、工事前の現状調査の様子や修理の方針・使った材料などが記録された本が存在します。

ここにある通り非売品ですので普通の本屋さんには置いてないです。おそらく工事が終わった際に関係者だけに配られものです。所有者さんが何らかの理由で手放したものが古本屋さんに回ってきます。ネットで検索すると割と簡単に見つかります。値段は5000円くらいからです。5000円というと高いような気もしますが、数100年ものあいだ美を保ってきた建物の秘密の一端だけでも知れるチャンスがあるなら5000円は安いといえます。例えば住宅雑誌なんかは1,000円くらいですが、中身は20年もすれば忘れられてしまう駄作の集合です。5000円分、5冊買っても何も深い知識は得られず、せいぜい才能の無い建築家の名前がいくつか頭に残ってしまうくらいのことで、もはや害でしかないです。5000円で害を買うか、叡智を買うか、という話です。

その点、修理報告書はどこがどう傷んでいたか、何をすれば長持ちするのか、などなど他のどこでも学べない色んなことを教えてくれます。これを持って実際の建物を見に行けば、「あぁ、あそこは新しく材料を取り替えたところだ」とか「ここには壁がついていたけれど、修理の時に旧状に戻すために壁を取り払った。この穴はその跡だ」とかそういうところまで見ることが出来ます。気に入った建物があったなら、修理報告書を探してみるのは非常にオススメです。

以上、「古典」の学び方でした。

あくまでこれは個人的な意見・方法ですので、是非ご自分なりの方法を発見してみてください。

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