今年の夏に犬山にある有楽苑というところに行きました。有楽苑は織田有楽(織田信長の実弟)という人が作った茶室「如庵」と書院、その他いくつか復元された建物が見られる施設です。
入り口に近づくと、おやっ?と何か違和感があります。
なんか変ですね………看板の上の横に渡された部材(笠木といいます)が新しくなっていますね。左右の2本の柱とは全く風合いが異なります。何か間違いをやらかしているようです。
以前に行った時の写真が残っていましたが、全然違いますね。。
この時点で設置されて40年くらい経ってますのでだいぶ傷んでいますが、新しいもののような変な段差のついたものではないですね、オリジナルは。
なんですかこの笠木は? 実にブザマ、ブサイクです。これはチョウナでハツったものではなく、ノミで削ったものですね。チョウナでハツるのは難しいので、素人でも出来るように明治頃に生まれたやり方です。チョウナは正面からバチ〜ンとハツるのに対して、これは横からノミという道具でチョコチョコ削っているわけです。なので変な段差が出来ています。ノミを使うのは非常に簡単で、私が仕事を習いに行ってた大工さんはノミを使う仕事は近所の鉄工屋のオッチャンをアルバイトで雇ってやらせていました。ノミを扱うというのはそれほど簡単なことです。で、ノミで削る際に、わざわざチョウナのハツリ跡に似せてわざとらしくピッチも変えていますね。チョウナで木をハツると、同じ力でハツっても木の木目・堅さは微妙に変わりますからハツリ跡の幅もその都度変化します。
これは自然に生まれる変化です。一個一個のハツリ跡を物差しで測れば倍くらいピッチに差が出ていますし、それが普通のことです。これが自然に生まれる揺らぎ、揺蕩い(たゆたい)というものです。それがチョウナでハツる良さで、数寄屋建築では「名栗」と呼ばれるものです。ノミで削る時は、その都度定規を当てる位置を「わざと」「意識的に」「ニセモノを本物らしく見せるために」変えてランダムさを「演出」してるわけです、作業してるオッサンが。これはどういう心持ちかというと、贋札や偽ブランド品を作る輩と同じで、ニセモノをいかにホンモノらしく見せるかということです。その目的も贋札作りと同じで「人を騙して儲けるため」です。そんな、わざとらしいオッサンの濁った意識の入り込んだものが美しくあれるわけがありません。ゴミです。ですので、本格派はあのようなものは使いません。ああいったものはレベルの低い代用品に過ぎないわけです。これは大阪あたりで流行ったものですが、大阪というのは今も昔も関西一いや日本一のmad cityですので何が起きても不思議ではありません。よっしゃニセモノ売って同じ名前を付けて一儲けしたろか、というような輩が沢山いましたし、今でもその残党がいます。たまに、ノミで削ったものも名栗だと主張する人がいるのですが、「クソ素人は黙っとれ!」としか言いようがありません。チョウナや斧で木をブン殴るから名栗(なぐり)です。間違ってはいけません。
歴史的な背景も大事です。そもそもこれをやった人は織田有楽が誰かを知っていたのでしょうか?? 織田有楽といえば信長公の実弟ですから茶人というだけではなくまずは武将・サムライであるわけです。本能寺の変の時には信長の長男・信忠と共に別の場所に滞在していましたがそこも明智勢に攻められ、信忠はその場で自害しているのに何故か有楽は落ちのびています。一説には有楽が信忠に切腹をすすめた、とも言われています。そのことで京の町衆に「人でなし!お前も腹を切れ!」と罵られ、それでもそのあと豊臣と徳川の間を上手く渡り歩いて江戸時代まで生き延びた正真正銘のバケモノですぞ。そんなバケモノの名前の上に「チョウナを真似てチョコチョコノミで削ってみました、儲かりまっせ〜、テヘペロ」みたいな腑抜けたものを乗せてしまって良いわけがない。造形(デザイン)としてもおかしいが、物に宿る精神というものを全く理解出来ていないタワケ者の仕業である。有楽さんも草葉の陰から「ワシの名前の上に、おかしなものを乗っけるな、馬鹿者どもが!!お前も腹を切れ!」と怒っているに違いない。
話は変わりますが、ホンダの創業者の本田宗一郎さんはいろんな逸話を残した方ですが、私はこの話が特に好きです。
それは戦後間もない本田技研の黎明期、まだ補助エンジン付き自転車を作っていた頃、テスト走行をしていたら入社したばかりの若手社員の乗る車体がガソリン切れでエンストしてしまった。「どうしてさっきの休憩の時に給油しておかなかったんだ!!」と宗一郎さんは激怒している。当の怒られた若手社員は「たかがテスト走行、たかがガス欠じゃないか、何をこの人はそんなに怒っているんだ?」と思って宗一郎さんのほうを見ると、宗一郎さんは泣いていたっていうんですよね……泣きながら「お前はエンジニアじゃないか!残ったガソリンでどこまで走れるかわからなくてどうする!!」って叱ってた、と。ガソリンが切れたことを怒っているんじゃない。どうしてお前は真剣に取り組まなかったんだ、ってそこを叱ってたんですよね。「たかがテスト走行」と軽く考えてた、そこを見抜かれていた。それでその若手社員は「そうだ!この人はいつも真剣勝負をしているんだ!!」って思い直す、というお話ですね。
私はこの話が非常に好きです。この時叱られた若きエンジニアが約30年後に宗一郎さんから指名されてホンダの二代目社長に就任する、というその後の胸熱展開まで含めて全て好きです。
振り返ってここをもう一度見てみよう。
ここに、「真剣に」仕事に取り組んだヤツがいるんだろうか??
元の部材が年月で腐ってしまったことは仕方がない。この新しい部材を発注した人間は、自分が修理すべきものが何なのかすら把握していない、調べもしない、知ろうともしない。作られたのは真剣に取り組まなくても出来るバカみたいなシロモノだ。これを取り付ける人間は、自分が手に持ったものが何なのかわかってもいない、興味もない、ただ指示されたモノを指示された通り取り付ければ今日のお給料がもらえるからそれでヨシっ!という職人未満の作業員。こういう本気になれない半端者たちの負の連鎖によってのみ、こういう奇跡的に悲劇的な結果になる。「お前は技術者じゃないか! 技術者がこんなニセモノと本物の区別がつかなくてどうする!!」という声がここに響くことはなかった。物心一如というではありませんか。ニセモノ扱ってると、人間までニセモノになってしまう。
サムライの時代はとっくの昔に過ぎたし、部下のことを思って泣きながら叱るような昭和のオヤジさん達はもう皆んな消えてしまった。作られたモノはその時代の精神を表している。
↓ 本田宗一郎さんのお話は、ここで見れます。
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