国産材

弥生人 meets 縄文人

あ〜、またあの伝説のお方が凄いことやってるらしい。「電動工具を捨てた男」として一世を風靡まではしなかったけど、というか誰もついて行けなかったけど(涙)、とある界隈のとある人々の間では超有名なあのお方が、あのお方が、いつの間にか更にルーツを辿って石斧を持った縄文人になっていた。

わちゃ、唐突過ぎてもう訳がわかんない。着てるものまでブッ飛んでるし。3万年前て、この前までは江戸時代の道具だったのに、それでも十分インパクトあったのに、いつも人の想像の遥か斜め上をいく大工・雨宮さん。東京で実演していると聞いて、やっていることは超絶エキセントリックなのに仏様のようなあのお方に久しぶりに会いにいこうと思い、行って来ました。

あ、その前に「縄文展」に行ったのですね。てっきり雨宮さんの実演は縄文展の一部だと思っていて、東博に行けばいいんだと(実は丸木舟の実演は東博とは別の国立科学博物館でした)。

↓ 縄文展 ホームページ

http://jomon-kodo.jp

と、ドーンとこの土器が出てしまうと、いかにも縄文、的なステレオタイプの雰囲気ですが、今回じっくり展示を見てみると、一口に縄文といっても決してそういうものばかりでなく、むしろステレオタイプに嵌らない物の方が多いんじゃないかと思いました。学校の授業をテキトーにしか聞いてない私みたいのは、教科書に載ってる幾つかの写真で一つの時代を要約してしまうから良くない。

ここだけ撮影可でした。

 

「縄文展」の興奮冷めやらぬ中、東京国立博物館 平成館 考古展示室で縄文〜弥生〜古墳時代の発掘品を見ながら、きっとどこかにあるはずだ、と思って探していたら……

あった!

古墳時代 5世紀のチョウナ。1500年くらい経っているということか〜。刃幅は70mmくらいありそうです。柄を挿す所は鉄を巻いて作ってあるようですね。これでも、丸太の皮剥きから板を平らにする事まで、ほぼ現代のチョウナと同等の仕事に使えたはずです。このチョウナの時代からあと2、300年すれば法隆寺の伽藍が建っていることを思うと、たぶん法隆寺の頃にもこういうチョウナが使われていたんだろうなぁ、と想像が膨らみます。おっとっと、この考古展示室の資料が充実し過ぎていて、ついつい本来の目的を忘れるところであった。

 

東京国立博物館を出て、歩いて国立科学博物館へ向かうと〜見えてきました、舟が。

樹齢100年くらいの杉の木だそうです。

こういう丸太をくり抜いた舟は木で出来た舟としては最も原初的なもので、縄文時代の遺跡からも出土しているそうです。

縄文大工・雨宮さんの実演が始まりました。

 

このお方はとても人がよくて、時々手を止めては解説を入れてくれます。

道具は磨製石器のチョウナ。3万年前の仕様だそうです。ちなみに上衣は鹿皮で、ズボン(?)は熊の皮だそうです。

ここまでで11日、およそ8万回も刃物を振り下ろし、50センチほどの深さに掘れたそうです。

 

フツーの人が真似をすれば、ここまで掘れる前に身体が壊れてしまうでしょう。

石器の道具は想像していたよりもキレていましたが、鉄製の道具に比べたらどうしても切れ味では引けを取ります。その分使い手にとっては負担が大きいです。道具が原始的になればなるほど、人と素材が直接ぶつかり合うことになる。便利な機械に守られた現代人にはその衝撃には耐えられない。一見楽しそうにやってても、相当厳しい作業になっているに違いない。

これは三万年前の道具で丸木舟が作れるのか、作れたとしたらその舟で果たして海を渡れるのか、という人類の歴史を辿る壮大な実験なのです。

 

はじめて雨宮さんのことを知ったのは、もう15年くらい前。マサカリで木をハツって柱や梁を作っているスゴい変人がいる、って聞いたのが最初でした。そこからいつの間にか、人類の歴史を体現するような人になっていました。一人の人間にどうやったらこれほどの能力が備わるものなのか、しばらくこの実験から目が離せません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

PAGE TOP